主と師へ

2011年12月31日/ その他

主よ。

師イエス・キリストよ。

今年、初めて私は救われ、確信しました。

以前の私は物質的な豊かさこそが人間の幸福、自分の力こそが己の強さだと思っていました。

しかし、私にとって大切なものが失われたとき、自分が弱い者だと痛感しました。

その時、私は主の力と師の教えによって、消えかけていた私の魂の火に再び油が注がれました。

そして私の魂の火は炎となり、魂は復活しました。

人は皆、自分自身に弱さを持っています。

その弱さから罪を犯し、魂は死んで行きます。

魂の死は、肉体の死よりも苦しく悲しい。

だからこそ、人は「真の愛」を必要とします。

主の力と師の教えが人々に「真の愛」を与え救います。

今年、東北で震災と津波によって多くの人々が亡くなり、家族を失った人々が生きる糧を失いました。

未だ、災害の爪あとは深く、原発事故によって死の大地と化した地で人々は苦しんでいます。

主よ、師よ、あなたの力を東北の人々にお与えください。

そして、全ての日本人が「真の愛」を知り、人の心と道を取りもどせるよう、力をお与えください。

国と力と栄えとは限りなく主のものなればなり。

Hosanna.


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Posted by けだもの at 14:13│Comments(2)
この記事へのコメント
  悲しむものとともに悲しみ、試練なのかにある被災者の皆さんに笑顔がとりもどづことが出来るように!

 沖縄に暮らして何が出来るかは分かりませんが、けだものさんの優しい思いやりのあるハートを感じつつ、被災者の皆さんが生きる力が主にあって与えられることを期待しています。

 
Posted by ピーチャンピーチャン at 2012年01月08日 08:06
>>ピーチャンさん

私は1995年の神戸の震災を経験しました。
なので東北の人々の悲しみや苦しみが他人事のように思えません。

多くの人は地にあるものを思い、またそれらを糧にして生きています。
そして心の支えや拠り所を、郷土や家族に求めます。
しかし、それらの地にあるものは災害や戦争によって一夜にして無くなることがあります。
その時、心の支えや拠り所を失った人々は絶望し、生きる意味を見失います。
肉体は生きても、魂が死に、自ら命を絶つ人が出ます。

ですから、今こそ私たちは地にあるものを思うのではなく、天にあるものを思うときが来ているのではないでしょうか。
なぜなら、天にある主は絶対不変のもので、私たちは主を心の支えにすることで、どのような辛く悲しいことが起こったとしても魂は行き続けるのです。

『コロサイ 3章 3節』
あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。
Posted by けだもの at 2012年01月11日 03:04
 
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